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2005年10月18日
TOP[ TOP ]
1.登山日記 2.ダイエット投稿者 ayaka : 21:38 | コメント (0) | トラックバック
2005年10月15日
薬師岳[ 登山日記 ]
薬 師 岳 2926m
まえがき・・・ 山行予定では 広河原から北岳を登り、白峰三山をトレッキングする予定
でしたが未だ梅雨明けの感じもなく、また身体的にあちらが痛い、こちら
がどうも・・・といったメンバーばかりで、Y氏以外は全員テンション上がら
ず、天気予報で北部の方が幾分かはましなようなので、しかも楽なところ
をという事で出発を一日ずらし薬師岳を登る事に予定変更した。
我ながら見事に予想が当たり一滴の雨に遭う事もなく全員快適なゆっくり
登山を楽しむ事が出来た。
2005年7月17~18日 晴れ
17日5時京都を出発 普通なら前夜発テント仮眠がよく用いる泊まり山行であるが 、
有料の有峰林道がゲートの開閉時間が決まっているので早朝出発となった。
大原~朽木~国境経由で北陸自動車動の敦賀ICから富山ICへの走路である。
途中小矢部SAにて朝食を済ませ、富山ICから県道で有峰口経由、有峰湖を右手に
見ながら有料道路を折立まで進む。折立にはキャンプ場があるので立派なトイレ・駐車
場が完備されている。仮眠場所としては最高の場所だとインプットしておく。
10時 駐車場出発
12時10分 登山口からいきなりの登りが始まった。樹林帯の中の単調な登りだ。
地図のコースタイムには、1870.6mの三角点まで2時間と記載されている
(1999年昭文社 山と高原地図 剣・立山)が1時間10分で到着した。
12時35分 昼食をすませ太郎平小屋へ出発した。
小屋までは左に重量感のあるドッシリした薬師岳を見ながら快適な歩行が
つづく。 登山道は、よく整備されており歩きやすい。
緩やかな登りが長く続くが 展望の良さに疲れも忘れる。
やがて小屋が見えてきた。
14時45分 太郎平小屋到着(この行程も地図のコースタイムよりかなり早い)
さっそくビールで乾杯しまわりの景色を堪能する。
15時35分 テント場到着 先ほどのビールによってしばしお昼寝する。
隣のテントの住人を呼び寄せてキムチ鍋にて宴会
(このサイト見てたらコメントしておくれ銀行マンのお兄ちゃん?)

【写真】 テント場の様子(ここにも冷たいビールが売っていたヨ)
18日 5時 テント場をサブザックにて出発する。
樹林帯の中の急登を進むと雪渓が残っていた。展望が開け槍ヶ岳が
見えるとほどなく薬師岳山荘についた。
6時5分 薬師岳山荘到着(ここもコースタイムより早い?)

【写真】 タバコを切らしていたら恵んでくれたきとくな岳人に感謝
6時40分 避難小屋を通過する。急登だが山頂はすぐそこに見える。
6時55分 薬師岳山頂到着 五色ヶ原方面の景色が疲れをいやす。
7時30分 山頂でユックリ過ごした後下山
8時50分 テント場に戻って撤収の準備をする(テントもシュラフも夜露から回復)
11時 太郎平小屋 (薬師岳、黒部五郎など見ながらコーヒータイム)
13時20分 折立登山口へ下山
ゲート近くの亀谷温泉にて一風呂浴びて帰京
20時 帰宅
追記 事前の連絡不足により ガスの予備がなく、朝飯のうどんが食べられなかった
事が反省かな、それ以外はいう事なしの山行で、その様子は写真にてご想像
して下さい。
今度は黒部五郎・雲ノ平に出かけてみたいと夢をふくらませました。
ただどの区間も地図のコースタイムより大幅に早かった・・・・・・・・・・・?
報告者 村田
投稿者 ayaka : 03:14 | コメント (0) | トラックバック
2005年10月10日
白草山[ 登山日記 ]
白 草 山 1641m
まえがき・・・下呂の白草山は、御嶽山を望む一級の展望台といわれているそうなので
天候を吟味して、いつもの前夜発テント仮眠コースにて出発した。
2005年10月9日(日)晴れ
8日19時 京都を5名にて出発。京都東インターから中津川まで高速を走りR257・R256を
下呂町へ向かって北上する。途中白草山方面への看板があり、進んでみたが夜でもあり
下調べの道と違うので不安になり引き返す。
あらためて国道を乗政交差点へと進む。(後で思うと新しく道ができたのか看板の案内通り
進む方がよかったかもしれないス)
乗政キャンプ場を過ぎ黒谷林道入り口付近で幕営場所を探すが、傾斜地が多く前夜の
ミニ 宴会には適さないと判断したので、通り過ごした乗政キャンプ場まで戻って幕営する。

【写真】 出発前の幕営場所(トイレ・炊事場もすぐ近く絶好地)
暗闇の中で探した幕営場所としては100点満点
7:45分 黒谷林道入り口を出発 荒れた山肌から崩れ落ちた岩が林道に転がっている
8:15分 なだらかな林道歩きが30分ほどつづき ここから登山道の始まり
きれいな沢があるので下山後は、一息つきたい場所である。
9:45分 ジグザグの登山道を上り 笹の葉が多くなってくる。
もう少しで展望が開けそうな雰囲気にさせる笹道を幾度となく繰り返し、やっと360°
見渡すことができる場所にて休息する。
枯れた木と岩を重ねた自然のオブジェ{三ッ岩}に出会う。う~ん芸術的
9:55分 白草山と箱岩山の分岐点をすぎると、突然前方に御嶽山が現れる!
ゆるやかな笹原を登り白草山の山頂に着く。
まさに御嶽山の一級の展望台だ 360°見渡せる絶景である。
まだ登山者もなく我々の貸し切り状態の展望台だ。40分ほど展望を楽しんで下山した。
10:40分 下山開始 数グループの登山者に出会う やっぱり人気の山である。
12:00分 登山口 沢で顔を洗う 冷たくて気持ちがいい
12:25分 林道入口 路肩にはたくさんの車が駐車中
締めくくりは、下呂温泉の露天風呂で一風呂浴びて、冷たいビールで乾杯
END
投稿者 ayaka : 13:33 | コメント (1) | トラックバック
2005年09月26日
能郷白山[ 登山日記 ]
能 郷 白 山 1617m
まえがき・・・奥美濃野最高峰で一等三角点があり展望がすこぶるよく、お花畑が広がり
山頂には、白山信仰の熊野白山権現社あると調べての出発でした。
2005年08月7日(日)晴れのち曇り
6日19時京都を出発 大原~朽木~今津~国境から北陸自動車道を福井インターへ
高速を降りて越前大野市へ向かう
事前の下調べの通り、国道157号線は酷道であった。欄干やガードレールがなく
道路の上を沢の流れが横切り、夜で視界もきかず先ほどまで雨が降っていたようで
いささか不安を抱いて仮眠場所を探した。
車内からガスの立ちこめる温見峠の登山口を見つけた。これ以上進んでも適当な
場所が見つけられそうにないので、登山口近くの広場に仮眠場所として幕栄する。

6時5分出発 早立ちだが今日は冠山も登る予定だ。
登山口にあった看板を写してみたが上部がめくれている。

出発早々から急登が続く 荒島岳の登りを思い出すほどこたえる
夕べの寝酒を少々控えるべきだったかと後悔するが、いまさらしかたない 我慢あるのみ

7時48分山頂に到着 残念ながら急にガスがかかって展望がきかない


8時30分山頂を後に下山する 展望がほしかったが次の冠山に期待する

9時48分 登山口に戻ってきた。
さ~もう一山目指すは冠山と意気込むが全員元気がない?
むりやりR417を進んできたが、途中で通行止めの看板がある
そんなはずはなかろうと期待を抱いて進んだが、やっぱり通行止め
しかたがないから、とちゅうの冠荘で入浴をすませ昼食にした。
残念がる人、ホットする人また次回に挑戦することにしよう。
投稿者 ayaka : 18:43 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月03日
ゲイになり損なった話[ 山想片々 ]
誰でも 一度や二度 冷や汗ものの 奇ツ怪な体験があるのではないでしょうか。
これは 登山とは 全く関係のない アホらしい話です。会員諸氏には 以前、当会HPに書き込んだ内容のリニューアル版です。
カナダ バンクーヴァーに居た時のことです。 私は ダウンタウンのウエストエンドという所のコンドミニアムに住んでいました。 入り江の海沿いに近く 周りには洒落たレストランや ショップが あり 風光明媚なスポットでもあります。 ヨットやクルーザーの係留地横の 眺望のいい カフェテラスが 毎朝 私の通う お気に入り場所です。カフェからグランビルを望む
余談ですが、 ここに マンデイーという(カナダ人の) 二十歳位の可愛いウエートレスが居りました。 たまに 「今日は 一段と綺麗だねー」とか「マンデイー、アンタの入れてくれるカフェモカは バンクーヴァーいち おいしい、、、」と リップサービスすると 決まって (といっても 三度だけでしたが) yukky 「今日はfree(タダ)にしてあげる、、」 おお、何と幸せ!カナダ大好き! 爽快な潮風までが可愛いいネ。
こんなのを 日本のコーヒーショップで言ったら 「このオッサン アホかいな、、」 と しらけた目で睨まれ、訝しがられるのが落ちでしょうね。
閑話休題
さて この店のテラスに 毎朝 集まるのが ケーン、 ジョー、 ラリー、 トム 等です。 ラリーはだいぶ年齢は上ですが、 他は 私と年格好は ほぼ同じ。 コーヒーしながらのトークは 社会問題や 事件、 時にはリスケイ(エッチ)な話題で まあ 世界共通ですかね。 数年前 7月の末のこと。 トムが コーヒーカップ片手に 「 yukky、 僕の知り合いで男性のお医者さんだけど、 友人になってくれる東洋人を紹介してくれ。 というんだが 君 どう?」
(夕方のカフェテラス)左端がジョー
とにかく、外国では 弁護士と医者の友達を持つに越したことはない」と 聞いていたので 私は願ったり叶ったり 断ろうはずがない。
ちょうど 翌日は 花火大会の 最終日。 トムやジョー達と連れだって その医者のAのコンドを訪ねることになった。 彼の部屋は 最上階のペントハウスで 花火会場のあるイングリッシュベイのすぐそば、 とても見晴らしがいい。 夏のバンクーヴァーは 日が長い。 夕食をみんなで囲み そろそろ 黄昏れだした9時頃 海上の特設リンクで 打ち上げが始まった。
ジョー達 はみんな花火見物にと 椅子を持ってバルコニーに出て行った。 私も 席を立とうとすると トムが 「 ここのAが 君に 相談したいことがあるらしいので 残ってやって!」と言う。
Aは50歳くらいの中肉中背の白人で 内科医だそうだ。 二人きりになると 訳のわからん英語で しきりに同意を促してくる。 矢庭に 背後にまわると、両手で 私を抱きしめるポーズを取る。 私「アリャーきつい冗談やなあ 」 今度は 前に ひざまずくようにして 私の 足指を 靴下の上から 口づけしたり 噛んんだりする始末。 「こら かなん 止めて!」と バルコニーに出ると みんな ケラケラ 笑っている。 暗い外からは 明るい室内の様子が 丸見えだったらしい。 しまった! 嵌められた と思ったが時すでに遅し。
トムの言うのには 「 彼(アンソニー)は 最近 ゲイのフレンドを亡くし 落ち込んでいたんだよ。 そこで yukkyに白羽の矢をたて 紹介したんだ。勿論きつ~い ジョークだけどね、、、」
翌日 カフェテラスでは この話で持ちきりだったのは言うまでもありません。 ジョー「yukkyも 満更でもなかったんじゃないの?」 私「ゾクゾクっとして気持ちよかった、 足を噛まれるのって病みつきになりそうや、、」 と切り返す。
ウエートレスのマンデイーが聞いてたら 本気にして「軽蔑」したやろうなあ。 とんだ ゲイ騒動。 ゲイのために 女房を泣かせた一件でした。 お粗末。
ヴァンクーヴァー ゲイ.パレード(奇しくもこの2日後)
投稿者 yukkyku : 14:04 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月29日
キナバル山に登ってきました[ 登山日記 ]
キナバル山(4095m)登頂記-東南アジア最高峰-
「ドタキャン」 買ったばかりの電子辞書で引いてみたら「土壇場でキャンセルすること、、、」との解説。
当会精鋭 淑女会員3名と若中年1+初老1男性の混合5人パーテイで キナバル登頂の話が煮詰まった。 いよいよ出発まで4週間とせまった4月22日 A旅行社から 突然 この旅行が不催行になったとの通告。 我々5人だけの参加者でもOKとの確約を得ていただけに どうも腑に落ちない。大体 ドタキャンというのは 参加する側に イニシアチブがあるんじゃないの?
すると、しばらくして 淑女3名から次々と「どうなってるの~“ 折角 楽しみにしていたのに~」 と落胆と憤懣とが入り交じった電話等を拝受することに相成った。
こういう時 私は「仕方ないなあ~ 行けないときはこんなモンかなあ」と冷ややかに考えるのですが 今回は 女性パワーの熱意と気迫に 後押しされ S旅行社に掛け合ったら「個人手配旅行なら何とかしましょう」との返事。 かくして めでたく「キナバル登頂旅行」が決定した。先ずは 三淑女に表敬。
所詮 他人の旅行記などは 報告風に克明に書いてあっても あまり 面白いものではない。
ましてや紀行文作家の揮毫ならいざしらず、 小学生の作文のように くそまじめに出来事を並べても 誰も読みたいとは思わないのではないでしょうか。
そこで 主に 登行中 思いついたことや、印象深かったこと エピソードを中心に 記憶を手繰りながら書かせていただくことにした。 ともかく 面白くなくても辛抱強くお読みください。御願いします。
その1「コタキナバル空港から 登山基地PHQへ」
関空から4時間半のフライトで コタキナバルに。 ここは 世界で3番目に大きい島ボルネオの 玄関口。 飛行機を降りた途端、ムッとする蒸し暑い空気に迎えられる。
国際空港とは名ばかり 非常に簡素な設備。 一行それぞれ 円をリンギットに交換 迎えのガイドと共に コタキナバルの街中をぬけ 一路 今宵の宿泊地PHQへ。 途中 ところどころに 水上生活者の貧祖な集落があったが、中でも その横に デラックスなリゾートホテルが林立したりしていて アンバランスな光景に 複雑な思いがした。 ましてや 我々はこれから 贅沢なる遊興登山に向かうわけで、貧しい水上生活者に申し訳ない気持ちになったのは 私だけではあるまい。
その2 「宿泊地 一夜明けて」

シャレーから見上げた キナバル山
高度差と温度差が大きいのや 疲れとで 昨晩 風邪気味になったが、S氏に頂いた風邪薬が効き 熟睡出来て 爽快な 朝が迎えられた。
一夜を過ごしたネペンシスという 木造のシャレーの戸を開け外に出ると 稟とした空気が漂っている。 無風快晴 見上げると 目指すキナバルが目に飛び込む。凄まじいまでの大迫力、 巨大な岩の大伽藍が天を突くかの如く屹立している。
私など 穂高だの剣だの眼前にしたときは何時も 「これから登るゾ!」という高揚感に 胸が躍るものなのに、今は キナバルに威圧され「ほんまに これ登れるんかいな、、、」と いきなり先頭打者にHRを食らった投手のような気持ち。一方 他の人は、すっかり登行モードにスイッチオン。 表情をみれば解る。
その3 「いよいよ出発」
登山口 ゲート
マウンテンガイド(ジョージ)が 我々をシャレーまで迎えにきてくれた。 標高1500m地点の公園本部で 登山許可のIDパスを受け取った後、 ポーター(ダイナ)に 荷物を半分預け いざ出発。
登山ゲート(パワーステーション)から一旦ゆるやかに降り カールソン滝を左に見送ったあたりから 次第に 鬱蒼とした熱帯雨林の登りに。 誰かが「まるで ターザンのジャングルみたいやなあ」 すぐさま 他の全員は 「アホかいな ○○みたい? ここは ホンマもんのジャングルやないの!、、、」と一斉にカウンターを浴びせる。
その4 「ひたすら登る」
道はよく整備されている。 ところどころ 急勾配には木梯子が掛けられているが 段差が高く 短足の私メは一苦労。多様な植生を楽しみながらの登行が続く。 ほぼ30分毎に ハツトウ(屋根付き休憩所)がある。 ガイドが 途中 シャクナゲや 苔 等いろんな植物を説明してくれるが、ほとんど頭には入らない。 2700mラヤンラヤン宿舎で 昼食。
2800mあたりから 木々も低くなり灌木帯になる。 ゴロゴロした露岩で傾斜も増し 歩きにくくなってきた。 岩と岩の隙間に タンポポが咲いているが 元来 固有の生態系植物ではなく 登山者の靴底にへばりついていた種が 育ったそうだ。 ガイドのこの説明だけが不思議と記憶に残った。
斜面のうつぼかずら
その5 「小屋まで あと少し」
2900m 附近を行く
この日 宿泊する小屋 ラバンラタ レストは 標高3300mの高所にある。
あと小屋まで高度差400m位の地点で、 登山道脇の灌木に よく熟した実がなっている。 ガイドのジョージが 私に「おいしそうだがこの熟した実は毒があるから食べられないよ」と説明してくれた。ジョージは おそらく この山麓のドスン族の人だろう。 年齢は40前後で 穏やかで真面目な感じ。
いっぺん 冗談が通じるかなと思い「Then, George Don’t even think of tasting these riped women, they are also likely to be poisonous.
(ジョージさん この3人の熟女もネ 決して味見したらあかんよ!彼女らも 毒があるらしいからね)と話すと、
今まで 割と無口だった 彼がゲラゲラ笑い 急に饒舌になりだしたのです。
トリビアジョークは万国共通なんですなあ。 淑女諸姉よ 「乞う!寛大なる許しを」
その6 「ラバンラタレスト小屋」
ラバンラタレスト
6時間近くかけて やっと 今夜の宿泊地 ラバンラタに到着。 ガイドが ゆっくりと 安定した歩きで引っ張ってくれたお陰で 皆 あまり疲れを感じていないようだ。
4月末山行では 天気予報が「快晴」というのを信じて 雨対策を怠り (実際は終日雨天)着替えやシュラフを濡らしてしまいテントで悲惨な目に遭った。 登山の「いろは」の「い」 をおろそかにした 報いだろう。 今回はこれに懲り 周到な装備をしたので 天の逆鱗にふれなかったのか 天候には恵まれた。
小屋に着いて しばらくして スコールがあったが、すぐ回復。 小屋の前の広場からの 夕焼けの茜空の見事さに感嘆、宵闇がせまってもなお眺めていた。
小屋は1階が食堂と休憩室。 2階が 2段ベッド8人ずつの部屋が10室余り、 割合 ゆったりした感じである。
持ってきたブランデーを薄く割って飲んで ベッドにもぐり込む。 しかし 朝2時半出発 ということで 興奮気味 ほとんど 眠れなかった。 他の人はどうだったんだろう。
その7 「目指すは頂上」
真夜中2時半きっかり 出発。 ヘッドランプをたよりに 歩き出してしばらくは 鉄梯子や木枠の階段をのぼり グングン高度を稼ぐ。 振り返れば 眼下はるか遠く コタキナバルの街の灯が揺れている。
見上げると 文字通り 満天の星空。 南十字星を見つけ 胸に熱いものがこみ上げる。
最後のチエックポイントを過ぎ いよいよ 頂稜部も近い。だが、 行けども行けども スラブ状の花崗岩板の 登りが続く。 うんざりする頃 払暁の薄闇をついて 最高峰ローズピークが かすかに見えてきた。 ピークの肩あたりで 空も白み始めた。
ピークを背に記念撮影
やっとの思いで 4095mの頂へ 全員 無事登頂。 程なく 東の空から 荘厳な太陽の光が射し込む。 360°見渡す限り打ち続く雲海 神々しいまでの大展望に 酔う。
最高峰ローズピーク
「下山の途」
皆、 一様に 4000m峰に立った感激を胸に刻み 山頂を辞する。
キナバル サウス峰
ラバンラタ小屋で 朝食をとって、今度は ひたすら 往路を引き返すだけ。 「ハロー」「スラマ パギ」「ボンジョルノ」「ニーハオ」 などなど すれ違う登山者は 正に国際色豊か、我々は皆、 足取りも軽い。 無事 登山ゲートに到着。 一仕事終えたような 安堵感を味わう。
「番外編」
アフター登山は コタキナバル近郊のリゾートホテル タンジュンアル で 優雅なる二日間のビーチライフで、 柄にもなくエステ三昧?など 至楽の時間を過ごした。 山佳し 天候良し アフター好
し。多謝 感謝。
タンジュンアル リゾート
終わりに: 最近 私は 殷賑と喧噪を避け、専ら 奥飛騨や越美の静かな山々にのめり込んできた。 余り有名でない いわば隠れた名山探訪に精力を注いできた感もする。
正直 海外の山まではそんなに強い憧憬はなかったのだが、機会があれば 一度は(キナバルに)登ってみたいなあ とは思っていた。
遅まきながら機が熟したのか、今回の海外登山 世界遺産キナバル山行が実現した。しかも 私より 一回り前後 若い当会 会員諸氏に同行 素晴らしい登山が達成でき 又ひとつ 忘れがたい思い出が加わりました。 垂直分布の多様な植生観察や、ボルネオ島の「自然と人との共生」の発見など登山プラスαを得た思いです。他の会員諸氏も是非 登訪されることを勧めます。
最後まで 忍耐強くお読み頂き 有り難うございました。
記 yukky
投稿者 yukkyku : 11:53 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月14日
スパムメール撃退[ 岳人のパソコン ]
スパムを無料で撃退できた?
迷惑メールに困っていませんか?
自分のアドレスで自分あてに『優子です、お久しぶり・・』なんて困ったものです。
『ご確認下さい』『返信・問い合わせの件』『お伝えしたいことがあります』・・・・・・・・
ホームページにアドレスを記入したことや何気なく掲示板に投稿したこと等が
思い当たります。
本当に困ったものです。メーラーを変えてみたり、いろいろなソフトを試しましたが
なかなか解決できません。1日に300通以上も迷惑メールが舞い込むと、ほとほと
いやになります。
アドレスを変更するしか方法がないかな~と考えざるを得ません、でもそうすれば
いろいろと差し障りがあります。
こまめにメール設定する事もやってみましたが、膨大な数のアドレス登録に労力と
気力がともなわずこれも断念せざるを得ませんでした。
メーラーで、「Thunderbird 1.0.7 日本語版」なら解決できている人もいるみたいです。
http://www.mozilla-japan.org/products/thunderbird/
また @niftyメール ではスパムメールブロックが重宝されているみたいです
http://www.nifty.com/mail/reject/
自分はいろいろ試した結果こんなソフトに出会いました。
世の中には 賢い人がいるな~(あたりまえやけど)「ベイズ理論」を利用したソフトは
多いけどソフトを教育しながら育てていく・・・・・ すばらしい理論に基づいたソフトです。
下記のサイトを参考にさせて頂きました。
http://www.hanmoto.com/diary/diary040121-1.html
よければ、使ってみて下さい。導入は簡単です。無料というのもありがたいです。
パソコンと横文字に弱い私でも設置できましたから・・・・。
悩みから解放されて、いまではとても作者に感謝しています。
POPFile
POPFile は自動メール振り分けツールです。一旦、設定とトレーニングがきちんとされれば、
あなたのパソコンのバックグラウンドで動き続け、到着したメールを読み取って、好きなよう
に振り分けてくれます。ゴミメールを選り分けるといった簡単な仕事から、十数個のフォルダ
にメールを振り分けるといった複雑な仕事までこなすことができます。
いわば、あなたの受信メールボックスを管理してくれるあなた専用のアシスタントです。
2005年04月06日
山と日本語 ~複合語編~[ 山想片々 ]
登山と日本語 ~複合語編~
例年より 遅れていた 桜が いよいよ 咲き始めました。 4月3日に予定されていた当会恒例の 「お花見ハイク」は 悪天候のため 中止となりました。
この お花見ハイク という言葉 実に 言い得て妙な響きですね。 文法的には お(接頭語)・花(名詞)・見(動名詞)・ ハイク(外来語) と とても雑多な 複合語です。
これを 和語だけで表現するなら 「サクラ 愛でてそぞろ歩き」 とでもいうのかな。 又 漢語でなら「観桜跋渉」 でしょうかね。 でも どちらも雰囲気がでず しっくりきません。
大体 花 といえば その代表格 サクラを指すというように 日本語というのは そのもの「桜見」と言わないのが 面白いですね。 酒 山 糸 広義では それぞれ 日本酒 富士山(狭義ではその土地の代表的な山) 絹糸 を 表します。「酒を酌み交わす、、、」とは 「日本酒」のことで まさか ビールを酌み交わす 情景は浮かびませんよね。 まだまだ 他にもあるかと思います。
ところで 表題のような複合語に話を戻しますが、 明治以降 行動様式や文化スタイルも 西洋化され 和語 漢語と 横文字が 合わさることで むしろ ぴったりした言葉として 市民権を得たのでしょう。
つまり 我々 日本人は 知らず知らずのうちに 外来語を とりこみ モザイクのように見事な 合成言葉を作り上げてきたのですね。
登山用語では 他に マイカー登山、 アイゼン歩行 テント山行 スキー合宿 等々もうこれらは 立派な 日本語として認知されています。
従来 お花見も 地域的「点」として つまり 一本又は 数本の桜花を 樹木の下で 酒を酌み交わし 愛でるというのが主流だったのでしょう。 それが次第に 「線」や「面」の形で 逍遙しながら 観桜するという風に変わってきました。
「お花見ハイク」は健康志向という時代の潮流に合った 正にトレンデイな 情緒的遊びではないでしょうか。
yukky
投稿者 yukkyku : 21:26 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月30日
山と日本語 ~助詞ひとつで こんなに意味が違う[ 山想片々 ]
最近 日本語ブームが 一層 加熱しているようですね。 本屋の店頭にも 日本語関連の 書籍が文字通り百花繚乱の賑わいをみせています。
私は 一応、日本語講師をしているのですが、(中級学習者で)英語を母国語とする生徒から よく 「助詞」用法の難しさを指摘されます。
そこで 登山愛好家の皆さんに 山に関する問題を出します。 それぞれの答えについての解説は私独自の解釈も加えましたので 異を唱える方はどうぞ コメント下さい。
おまえの日本語文は変だゾ というのだけはご勘弁の程を。
では問題 A 「山にのぼる」と B 「山にあがる」は どう違うのでしょうか
お分かりですか 答と解説は下記のとおりです
Aは 足や手を使い ひたすら 歩いたり よじのぼったりし 山の上に至る、、ということ つまり 登山という運動的行為を指します。 一方 B は 登山行為の他 とにかく 山の(頂)上に 達するということ 要するに ヘリコプターで 上がろうが ケーブルやリフトを利用して山頂に立っても 「山にあがる」という語法は その場合 正しいのです。 屋上屋 の説明になりますが 登山靴を履き 「山登りにいってきます」は言えても 「山上がりに行ってきます」は不自然ですね。
又 「山を登る」と「山に登る」も 意味が違います 前者は 登山をしていること 山登りをする運動 動作を指し後者は 登る対象が山だ ということ つまり 目的地点「山」に発話の焦点があるのです。山登りをする はこの場合一般的に言えても 山登りにする は言えなくもないのですが 全然意味が変わります。 「山登りにする」は たとえば 「今度の日曜日 海水浴行きと 登山行き 二つのリクレーションがあるけど どっちにする?」と訊かれた場合の応答語です。
とにかく 格助詞ひとつ違うだけでもこんなに意味が変わるんです。 登りながら 考えていると 疲れも倍加するので ほどほどにしてくださいね。
とにかく我々は 普段 無意識のうちに言葉を使い分けているのです。 日本語の持つ奥深さに驚きますネ。
日本人以外の学習者に 上記のようなこと を(英語など媒介語で) 教えるって 本当に難しく思います。
―次回は 登山用語 複合語編 を書き込む予定ですー
yukkyku
投稿者 yukkyku : 19:27 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月24日
薊岳 1406m[ 登山日記 ]
3月16日(日) 天候 曇りのち 雨
参加者 M.K T.S S.T H.S N.Y Y.Y (C L) N.S (SL) Y.K
美濃の「貝月山」例会に先立ち CL坂西氏と 目的地へ偵察山行に出かけた。 案の定というべきか かなりの積雪。 その上 沢に架かる丸太橋が 朽ち落ち 難渋を強いられる羽目に。冬眠から覚めた 熊の足跡に肝を冷やした。

と云うわけで 転進 「薊岳」に宗旨替え。
9時半 登山口 大又着。 空は、今にも降りそうな鉛色。 一行、雨具を着けての登山を開始。神社脇の小道を辿り 鬱蒼とした杉林に入っていく。暗くて単調な登りに うんざりし始めた頃、根雪が顕れだした。
さいわい その上を杉の葉っぱが 適度に被さり スリップの心配はない。程なく大蛇伝説の大鏡池へ。一息いれる。 静寂そのものの 凍り付いた池は ものわびしい空気が漂っている。
ここからは 大鏡三角点へ 雑木林の やや開けた尾根を登っていく。 3月半ばの山は まだまだ 上部は冬の佇まいである。小ピークを巻くように 薊岳に至る痩せ尾根に出た。雪氷が張り付く岩と木々にしがみつきながらのアップダウンを繰り返す。
進む右方向 紫尾川をはさみ ほんのわずかだが 台高山系の主脈が 顔をのぞかせた。 その後 夏道とおぼしき ルートに入り込み 深雪の吹き溜まりに 坪足での 雪中歩行という局面もあったが すぐに稜線へと修正。
スリリングな狭い岩稜を慎重にすすみ やっと 薊 山頂に立つことが出来た。
降りしきる 冷雨の中 追われるように 来た道を引き返した。 途中 大鏡の鞍部あたりから 霙混じりの本降りの雨となり 笹野神社に下り立った時は 全員 ぬれねずみ。近くの「やはた温泉」で 冷え切った身体を暖め 疲れを癒した。
はからずも雨中の登山となったが そのつらさを補って余りある 満ち足りた山行だった。
近畿の屋根 台高山系は 静寂で、奥深い感がある。ガイドブックに載る「人気の山」が魅力のあるのは当然だが、 こうした「人気のない山」も又 登山者に見直されてもいいのではないだろうか。そこには 登山の興趣をそそる「隠し味」がいっぱいつまっているように思えてならない。
記 yukky コースタイム 大又 9時55分 ~ 大鏡池 10時40分~ 薊山頂13時7分~ 大鏡鞍部14時~ 大又15時10分
練習で~す投稿者 yukkyku : 17:00 | コメント (1) | トラックバック
2005年03月23日
登山と交通 ~乗車編~[ 山想片々 ]
堅苦しい題名ですが 中身は柔らかいので しばしご覧あれ。
山行きだけに限りませんが、行き帰り 疲れている時は誰しも 電車ではなんとか座りたいものですね。絶対に座れるコツを伝授します。
まず駅のホーム: 最近はどの駅でも 乗車口マークが 足下に表示されています。
並ぶコツは ① 二列に並んで待つのですが、必ず改札口に遠い方に並ぶこと 降りてくる人は 改札方向に ダッシュするので (改札の)反対側に隙間ができ 素早く乗れるから。 ②中間車両を避け 先頭か 最後尾にする。(統計的に 真ん中よりも空いている)
次に 電車に乗ったが 席が空いていないとき:
早く降りそうな人を探す。 観察のコツ ① 新聞や雑誌を読んでいる人や 居眠りしている人はダメ ② 落ち着いて 腰深く座り込んでいる人もなかなか降りない。 ③ 窓の外をキョロキョロ見ている人は次の駅か その次で 80%下車する。④ 読んでいた本を 閉じ鞄にしまい込んでいる人は ほぼ100% 次の駅で降りる。
次の取るべき行動:
① 目星を付けた人の前にさりげなく立つ ② 絶対に その人と合対し 真ん前に立ってはいけない。 ③ その人の座っている位置から出口に遠い方に 少しずらして立つこと。
座っている人は 必ず出口方向に第一歩を踏み出すから 素早く座れる。(ラグビーで云う ブラインドサイドを突く作戦)
真ん前に 立つと座っている人が立つとき 自分がのけ反り 左右に立っている人に 席をとられてしまうからです。
でも マナーとエチケットを忘れずに お願いしますよ。 お年寄りや お子さん連れには当然配慮してください。
yukky
投稿者 yukkyku : 19:26 | コメント (1) | トラックバック
2005年03月22日
こまった同行者[ 山想片々 ]
TVで昔 「クイズ100人に聞きました」という番組ありましたよね。
グループで山を登っていて 一番 むかつくのはどんなときでしょう?
人によっていろいろでしょうが、 私はね、、、 グループから遅れ遅れ
あえぎながら やっとピークが見えた時に、
先行の仲間が「お~い ○○さーん ここ 頂上やで~ 早よう 来いよ」
私 「わかっとるわい おまえにそれを言われるのがバテの原因やないかい」
これでは新人育たんで~
今でも こんなん居まっせ~ 他にも色々むかつく時ありますねえ それは又第二弾で!
含羞の山ヤ
投稿者 yukkyku : 23:17 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月19日
カナダから思う[ 山想片々 ]
カナダに何度か 暮らしてみて思うこと;
それは 日本の 四季が明徴で 春夏秋冬 それぞれ 豊かな自然と人間の営みに
恵まれていることでしょう。
もちろんカナダには とても爽やかで 百花繚乱のまばゆいばかりの 夏があり 自
然環境は とても素晴らしいのですが、 冬は 4時頃には もう暗くなりしとしと
よく降る雨には心も鬱憂になりそうです。
私自身、 何と言っても 日本の 四季で 四月、五月 程 心浮き浮きする時期は
ありません。 「花の命は短くて」 「世の中は三日見ぬ間の桜かな」
桜便りが 新聞などに掲載されだすと もう そわそわ やがて春爛漫 近郊の桜名
所の はしご と追っかけ。
桜も散り始めると 花水木 雪柳 山吹 躑躅 次々 我々の目をたのしませてく
れます。
このころになると 高い山の残雪が いと恋しくなり 山想病が高じてきます。
山肌の白雪と 麓の新緑のコントラスト 燦々と浴びる陽光 こんな大自然が与
えてくれる 春の山岳風景に 憧憬し 山に向かい 酔いしれるのです。
今年の春は 薊岳 貝月山 笠置 比良 北山 須磨アルプス 越美の野伏岳 五竜
岳 五助岳(六甲)と 珠玉の山行 を重ねることができ とても 満たされた思い
でおります。
五助山へは 昨日(18日)行って来たんですが 天候にも恵まれ イワカガミの群
落に 感嘆したり 見事なブナ林の 新緑のシャワーに命が蘇ったほどの 歓びを味
わいました。
これから まだ しばらくは 新緑の輝く いい季節が続きます。 山に身を置き
山遊びを謳歌しましょう
さて 今月末は 毛無山 同名の山が全国各地にけっこう あるんですね。 でも 今回 登る毛無山が 一番 標高があり 200名山にも入り 登行価値が あるのではないでしょうか。
瀬古さん 毛無山 関連の サイト ありがとうございました。 下山後の 温泉は 天母 温泉に決定ですなあ。
投稿者 yukkyku : 23:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年02月19日
登山の進化論[ 山想片々 ]
前回 「山のオバタリアン」行動学を 書き込んだところ 甚だ迂闊というか 思わぬところから クレームがついた。 我がカミサンのいうのには 「そんな風に 女性を揶揄して 喜ぶというのが もう 立派なオジタリアンや」
オジタリアンの三原則は 「かさ高い」「講釈が多い」『じじむさい』 オイオイ ちょっと待ってくれ。 初めの二つは認めるとしても 「爺々むさい」 これだけは 撤回要求 断固 許し難いなあ。 待てよ でも こうなったら 逆も又真なり 真調「じじむささ」路線を走って その美学でも追求してやろう。
まあ 前置きが長くなりましたが、 山想いも なんか私自身 最近「じじむさい」なあと感じています。 寒いあいだは 無理せんとおこう、、、。とか 腰がまた痛み出したらみんなに 迷惑かかるし 参加を見合わそうとか、、、。 もう弱気虫にすっかり占拠されていますからね。 何かこの虫を駆除する いい薬がないやろうか?と心巡らしていた 矢先。
ガーン! 大きなヒントが ありました。 瀬古さん ありがとう~ テクテク倶楽部 そうやがな 低山礼賛、「山 高きを尊しとせず」 ああ 地獄に仏 いや 20年前に別れたアノ娘に ひょっこり再会したみたいです。( これは 例えでっせ こんな事書くから ヨメに 誤解されるにゃがなあ)
ともかく アルピニズムとかデイレッテイシモとか もう不可能な 昔の夢は捨てて、
里山と歴史の融合にロマンを見つけたら いいんや。(キザな表現で 私もなんかよう分かりませんけどね) 若き双葉山が晩年 円熟味をだしたように、又 豪速球で鳴らした 江夏が後年 技巧派で活路を見いだしたように。「そんな 立派な者かいな」と言われそうですが。 カサ高い 私メも 低山礼賛に新境地を開かんと欲っします。 どこまでも講釈の多い人間ですかね。
投稿者 yukkyku : 23:14 | コメント (0) | トラックバック
2004年12月25日
山のオバタリアン[ 山想片々 ]
さて ご承知のとおり 先日来 石原慎太郎氏の「おばあさん××」発言が物議を
醸しております。 曰く、閉経した女性つまり 「ババアは何の役にも立たない 実に
有害な存在 云々」と云うもの。
当サイトの淑女諸姉 私は ユメユメこんな意見に同調してませんよ。 むしろ オバア
サンは次の世代に子育ての経験などを 伝える大事な存在だとさえ思っておりますか
ら 誤解しないでください。
ただ、 このババア発言で 感じたことがあります。それは たまたま今朝 雑誌に
こんなコラムが載っていたのです。
「オバタリアンの三原則」と題して; オバタリアンつまり おばさん族の困った共
通点は「ずうずうしい」 「羞恥心がない」 「自分を正当化してしまう」
ウムー なるほどなるほど 私も 思い当たりまッセ~。
これは 或る山行での出来事。 北陸の夜叉ケ池へ行った時、堀田氏(前会員)と談
笑しながら 下山の途 林道で10mほど先を行く 中年女性グループの一人が 急
にお尻をまくり上げ しゃがみこみ あれよアレヨという間に オシッコ
シャー、、、。堀田氏と顔を見合わせ アングリ。「えらいもん見てしもうたな
あ~」 放水の後 湯気がたっていたでー。
(何と羞恥心のないことか)
こんな事もありました 比良山系の林道をひたすら登っているとき 向こうからオバタリアン集団がやってきました。その端っこの一人が話に夢中 横見していて
前方にいる私にまるで気が付いていません。 私;「アブナイ!」と思い 更に端
に身をかわしたが、時すでに遅し。 「話夢中オバサン」がドン!と私に当たってき
ました。 その瞬間 彼女に言われた言葉;「あいたた! なんやの、、、」
私の独り言「自分から 当っておいて それはないで~ スミマセンくらい言わんか
い!」
(何とずうずうしいことか)
そして ずいぶん以前のことですが 山行後 電車に乗り 帰路の時 車内は さほ
ど混み合ってなかったが 何故か オバサン数人がドアの前に立ち ペチャクチャ
話が盛り上がっていたのです。
電車は 私の下車する駅(太秦)のホームに入り停車。 でもオバサン達 ドアの前
で 話に夢中 私は降りようとし 彼女達に割って入ったら オバサンA 「なにす
んの! この人押さはるえ~」 私;「降りるし のいてもらえませんか?」
すると オバサンA;「私らは 降りひんえー 」 いったんホームに降りるこ
ともせんと にらまれました。
あほらし、、、、(自分のことを正当化してしまう)
くどいようですが、 当会の大和撫子 諸姉には こんなん 一人もいませんよ。
それにしても オバタリアン三原則で アンチテーゼだけど 学ぶこともあるんじゃ
ないかなあ~。
そう 「度胸とバイタリテイー」を。
投稿者 yukkyku : 23:11 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月05日
登山ブーム(ツアー登山考)[ 山想片々 ]
最近、 中高年の登山ブームは ますます過熱の一途で異様なほどです。
とりわけ「公募ツアー登山」が 一段と市民権を得て、連休などには ワッペンを
胸に付けた団体様が 各山にワンサと押し掛け 観光地 顔負けの盛況ぶりを
見せています。
このツアー登山主流の現象を 忌々しく思っているのは 私だけでは ないでしょう。
今回は この「公募ツアー登山」の抱える いくつかの問題点を 検証、考察してみ
たいと思います。
実にタイムリーと云うか この問題を暗示させるEーmailを 小嶋M氏から頂き
ました。
小嶋氏夫妻は 連休を利用し 日本百名山の 丹沢山と大菩薩嶺へ山行しました。
丹沢山では 登山道は団体客で 押すな押すなの大混雑。 当然、山頂小屋もツアー
客等で 超満員、予約のない個人客には 小屋側の対応も冷淡そのもので さんざん待たされた挙げ句 結局 宿泊 出来ず 引き返す羽目に なりました。
「もう二度と来たくない、、、」という 不快感だけ残ったそうです。
又。 先年 当会の山行で 源治郎を登攀 剣岳に到達した時のことです。
下山の際、山頂直下の岩場で 一時間以上も 待たされたのです。 なんのことはな
い、 ツアー登山の 小母ちゃん達が 鎖場の難所を 恐がり 難渋し 大停滞を引き起こしてしまったのです。
ツアー会社も 営利主義だから 体力 技量はお構いなし 誰でも参加させます。
他の登山者の迷惑など考えていません。
お陰で 炎天下 待たされ続けた私は 脱水状態で 熱中症を被り ひどいめに遭い
ました。
こうした 無責任な客よせ主義が しばしば 遭難事故を起こすのです。
日程さえ消化すればよい との 会社命令からか 暴風雨をついての 無理な登山の
ため 羊蹄山で 女性二人が 疲労凍死した 事件は 記憶に新しいでしょう。
主催者側のみならず 参加者の方にも どこか 安易さ 甘さが あるはずです。
一方、 山の 観光地の影響で 大量のゴミや糞尿が 自然の生態系を狂わせているという指摘もあります。
例えば 尾瀬では 小屋の周辺の糞尿で富養過多になった水芭蕉がお化けのように肥大化しているそうです。
このような 問題点を抱えながらも、何故こうも 中高年の「公募ツアー登山」が主流になってきたのでしょうか。
リゾート地やテーマパークは もっぱら 若い世代に占有され、都会のゲームセンター、デイスコなどの受け皿も 高齢者にはハードルが高すぎます。ゴルフやマリンスポーツも 費用がかさみ一般的ではありません。
暇と体力に余裕のある 中高年世代が見つけた「最後の遊び場」が ヤマ だと い
えなくもないのです。 目下の健康志向ブームの潮流が 手頃なパックツアー感覚と
うまく かみ合ったのでしょう。
今や、国内海外を問わず 旅行もパッケージが全盛です。 手配の煩わしさもなく
申し込みさえすれば、目的地に連れて行ってもらえるコンビニ(利便)性が受けてい
るといえます。
だから、どんなコースを辿ろうかとか、この沢はどんな様相だろうかなどと 地図を眺め 下調べする楽しみは放棄され、ガイドに付いていけば 迷うことなく 登山出
来てしまうのです。
目指す山への憧憬 下準備の時の 胸の高まり ロマンチシズムは何処へいったので
しょうか。
いまや 「登山」は スポーツアルピニズムから グループ ツーリズムへと 移行
してしまった観さえあります。
例えば、百名山踏破を目指している人々も ほとんど ツアーに便乗し さながら
ピークハント狂騒曲のようです。何歳までに登り切るかとか 何年(何日)で完登す
るかなど 早のぼり ゲームみたいに なってきました。
あの世の深田久弥先生は この風潮を あの世で どうみているのでしょうか。
少なくとも、彼の著書「日本百名山」を読み その意義や精神に触れ 味わいながら 登りたいものですね。
深田イズムに傾倒し 名山探索の追体験を熱い想いをもって「歩く」ことは もはや 古典的懐古趣味なのかなあ、、、。
山の茜を顧みて ひとつのやまを 終わりけり なんの因果か 我が心 早くも急
かれる 次の山 (深田久弥)
投稿者 yukkyku : 23:08 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月04日
山登りより山下り[ 山想片々 ]
よく登山は 観衆無きスポーツだとか勝敗無きスポーツなどと云われます。 確か
に、山に登って降りてくるだけの 考えてみれば単純な無償の行為です。 しかし
かなりの体力を要し こんなに知的で情緒的なスポーツが 他にあるでしょうか。
大抵の人は 最初のころ 山を誘われて、苦しい急坂の登りに「なんで こんなに しんどい
ことに 付き合ってしまったんやろう....」と悔やんだりした経験があるでしょう。
数年前 岳岳の例会で北アルプスに山行したときのことです。
燕山荘を越え 表銀座コースで 大天井の幕営地に あと少しの ガレ場の登りで 当会の 話題独占率 ナンバーワンのY氏が 「KURACHIさん!>ワタシもう あきま
せんワ (山が)こんなに しんどいとは思うてませんでした、 もう二度と こんな
厳しいヤマ誘わんといてくださいネ....」とあえぎながら のたまいました。
なんとか テント場に辿り着いた あくる日 果たせるかな 無風快晴 天を突く槍の穂先や 北鎌尾根も手にとるよう。 ルンルン気分で 西岳までの 稜線を漫歩、
大パノラマを満喫したのです。
その翌日、下山の道すがら Y氏いわく 「Kさん 山って こんなに
エエもんやと思いませんでしたワ 又誘うとくれやすネ... ところで j次回(の
山行)は いつ 行かはるのです?」 登りの あの言葉は どこへやらY氏って 本当に
正直で憎めない人ですね。
さて 山 は 登りは体力 下りは技術 といわれますが
ここで その事を論ずるつもりは ありません。
殊に 夏山では 吹き出る汗を 我慢し ひたすら 次の小休止を 待ち焦がれ やっとの
思いで 山頂に達するのです。 展望を楽しみつつ しばしの 憩いの悦楽は 何物に
も 代え難いものです。
そして 頂を辞して 下りだすときから 山の 情緒的な
愉しみが はじまるのです。 苦しかったことから 解放され 山道脇の 一木一草にも目を
配る余裕が生まれ、風のそよぎ や野鳥の鳴き声も 耳に心地よく 響きます。
足取りも軽くなり 友との 談笑も弾みます。
遠くに聞こえていた沢音もだんだん大きくなり やがて 渓流に出会うのです。 澄み切った 水は 川の底まで 透きとおり、冷たい水に手を浸し口に含んだ時 この世にこんなおいしいものがあったのかと感激します。 濡らしたタオルで首筋を拭きながら いつも この渓流に 来る為に山頂を踏み 降りてきたんだ とさえ感じるほどです。
そして 山を下るにつれ 木々の背丈も高くなり 樹林越し 谷間はるか 眼下に
今宵の宿が 見え隠れしはじめます。
屋根の上からは ほのかに 白い煙が立ち昇り 湯の香が 漂って来出したら 我が山
行のシンフォニーは終楽章、 最高潮に達するのです。 もう 浴後の 冷えたビールが
目の前に ちらつき 棒のように疲れきった足も いとおしく 乾いた喉も 空き腹
までにも 痛快さを覚えるのです。
天の邪鬼な 私は 以前 から友人に「 僕の趣味は山下り なんです。 下山って ホントウ
に いいものですね~...」 などと よく 粋がって いたものでした。
投稿者 yukkyku : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月03日
下ノ廊下[ 登山日記 ]
下ノ廊下
2004年10月1日(金)~3日(日) 晴れ・曇り・雨・曇り
まえがき・・・前回天候の都合により企画倒れになったが、10名で挑戦することになった
険しく危険箇所も多いと聞いていたので緊張しながらの出発だった
10月2日 (くもり)

【写真】扇沢駅
扇沢で車2台を配送してもらう手続きを済ませトロリーバスにて黒部ダムに向かう
配車代行手数料は
(小嶋車26,000円 神宮司車31,000円)
対岸へ渡る橋
ダム
バスを降り案内板に従いながらダム下に出た そこで装備点検・ストレッチ体操を行う
ダム下から黒部川を対岸へと進み内蔵助谷出合へ向かう

【写真】 長く続く単調な水平道 【写真】 雪解け水で冷たい
黒部別山谷から白滝峡までは、アップダウンや厳しいトラバースも
あったが、崖下丸見えと結構おもしろく通過する
要所には手がかり用の針金が張られているのでさほど恐怖感はない

【写真】切り開かれた水平道
崖下に半月峡・S字峡と過ぎ急坂を下って東吊り橋から
対岸を進み仙人ダムへ水平道に雪渓は無かったが台風の影響か一部崩れている所もあった

【写真】十字峡で昼食にする 吊り橋がありなかなか絶景である
仙人ダムへダムを出発する頃雨が降り出した
ダム内の高熱隧道と呼ばれるトンネルを抜け急坂を登る
登り切るとまた水平道に出た しばらく進んで下りになった
やっと宿泊地の阿曽原小屋温泉に着いた
小屋は予想通り満員で布団一枚に二人寝と窮屈である
雨の中ヘッドランプを頼りにぬかるんだ坂を10分ほど下ると露天風呂があった混浴だ~
外は真っ暗で何も見えない 僕はおばちゃんに囲まれているらしいことは
大きなしゃべり声で察知できた
10月3日(霧のち曇り)

【写真】5時小雨の中を出発 【写真】雨がやんで視界が開けてきた
外は真っ暗で雨も降っているが小屋を後にした
再び単調な水平道を進む折尾谷のトンネルを抜けた頃から曇り空の中から
唐松岳が見え始めた

【写真】トンネルは150mの真っ暗 【写真】やっと欅平駅が見えた
まだかまだかでやっと送電線の鉄塔に出たシジミ坂を下って欅平駅に到着した。

【写真】トロッコ列車 【写真】回送車の引取先
宇奈月温泉出発トロッコ列車は空いていたが追われるように宇奈月温泉へ 当然列車の中は寒かった
公衆浴場(天然温泉)で番台のおばちゃんに聞いた蕎麦屋で昼食をすませて 一路京都へトロッコ列車
行程
10月1日 18:30村田宅~19:30大津SA(小嶋車両と合流)~0:15扇沢駅到着
10月2日 5:00起床~7:00トロリーバス~7:16黒部ダム~8:20内蔵助出合~黒部別山谷
~11:35十字峡~13:00S字峡~13:45仙人ダム~14:45阿曽原小屋温泉
10月3日 5:00阿曽原小屋温泉~7:45志合谷トンネル~9:30欅平駅~10:56宇奈月温泉
~12:55宇奈月温泉出発
報告者 神宮司 達夫
投稿者 ayaka : 08:15 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月01日
7日目(玄米を食べる日)[ 岳人のダイエット ]
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玄米を食べる日 (七日間脂肪燃焼ダイエット7日目) 玄米・野菜・フルーツジュースを飲もうスープも最低1杯は食べる事 |
投稿者 ayaka : 22:31 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月30日
6日目(牛肉と野菜の日)[ 岳人のダイエット ]
牛肉と野菜の日 (七日間脂肪燃焼ダイエット6日目)
今朝体重を量るのが心配だった。
昨日の肉とトマトの日で食べ過ぎてリバウンドしてるのではないかと
案じたが200グラムやせていた 目標まであと1.6㎏だ
本日は牛肉と野菜を好きなだけ食べてもいい日 最低スープも1杯は食べる事
朝から昨夜準備していた 牛肉とトマトを朝・昼と食べた
夜も牛肉とサラダ 好きなだけ食べてもいいとのことだから お腹いっぱい食べた
久しぶりに空腹感がない夜を過ごしている
これでは 明日の朝の体重測定が思いやられる も~こんなもので これ以上
体重が落ちることはないのかもしれない なんか悟ったような気分だ。
明日で7日間のダイエット奮戦記が幕を閉じようとしている。
おかげで5㎏やせたことになる 急激な減量はリバウンドが激しいかもしれないよほど
気をつけて現状維持をたもたなければ 明日は玄米を食べる日だ
玄米・野菜・100%フルーツジュースいよいよ終わりだ
おかげではじめて以来アルコールを口にしていない やれば出来るものだ
朝2日酔いで ”もう酒はしばらくいらないと思うけど 夜にはやっぱり飲んでしまう”ほど
断ち切れなかった酒なのに・・・・・・・・・。
投稿者 ayaka : 22:21 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月29日
5日目(肉とトマトの日)[ 岳人のダイエット ]
肉とトマトの日 (七日間脂肪燃焼ダイエット5日目)今日は7日間脂肪ダイエットの5日目です。
朝体重を量るとあと目標体重まで1.8㎏の減量で到達です。
今日は肉・鶏肉・魚を350~700グラム食べても大丈夫
トマトは最大6個まで大丈夫 スープは最低1杯を食べ身体から尿酸を
排出させるため6~8杯の水を飲むとの事だ
昨夜用意していた 鮭の焼いたものハタハタを焼いたもの 砂ズリ・鶏肉・牛肉などを朝から食べた。
味付けはすべて塩・コショウのみ 鶏肉の皮は外した。スープは1杯だけにして
トマトは4~5個食べた。
やっぱり肉を食べると落ち着く でも明日の朝はリバウンドして体重がいくぶん戻っているような気がする。
それほど腹持ちがいいのだ
4日目のバナナを買いすぎてしまったので 傷む前にオレンジジュースとミキサーでまぜて混合ジュースにした。
明日は肉と野菜を好きなだけ食べてもいいとの事だが 明朝体重を計って少しでも戻っているようならば 今日の肉とトマトを再度行うことにしよう
でも腹持ちが悪いといけないので カボチャを薄く切って電子レンジでチーン
しといた これで明日の準備は完璧である。
リバウンドしないように祈りながら もう寝る
投稿者 ayaka : 22:57 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月28日
4日目(スープとバナナの日)[ 岳人のダイエット ]
スープとバナナの日 (七日間脂肪燃焼ダイエット4日目)
バナナ3本とスキムミルクとスープだけしか食べられないとの事
朝は禁を破ってスープとリンゴを食べた バナナを買っていなかったので
朝食べることが出来なかったためだ 前日に用意しておく必要を実感する。
昼はスープとバナナ2本とお湯で溶いたスキムミルクを食べた。
夜はバナナ2本とスキムミルクだけ 少々空腹であるがだんだん空腹になれてきたみたいです。
明日は肉とトマトの日なので 早速肉類を買いだめして塩・コショーで焼いた
トマトも食べやすく切って冷蔵庫で待機中 明日は久しぶりに肉や魚が食べられる
朝から肉をたべるぞ~ 肉 肉 肉・・・・・・
もう腹減ってるし寝る 明朝計る体重が楽しみだ 4㎏やせたからあと2㎏
頼むし7日で6㎏やせたいな~ お願いやせて喜ばせて お願い
もうだめ 早く寝よう
投稿者 ayaka : 23:09 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月27日
3日目(スープ野菜バナナの日) [ 岳人のダイエット ]
スープと野菜と果物の日 (七日間脂肪燃焼ダイエット3日目)
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投稿者 ayaka : 22:45 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月26日
2日目(スープと野菜の日)[ 岳人のダイエット ]
スープと野菜だけの日 (七日間脂肪燃焼ダイエット2日目)
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投稿者 ayaka : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月25日
1日目(スープと果物の日)[ 岳人のダイエット ]
スープと果物の日 (七日間脂肪燃焼ダイエット1日目)
本日より七日間脂肪燃焼ダイエットを始めた
玉葱3個・セロリ・ピーマン・キャベツトマト缶でスープを作った
味付けは自分の好みでいいらしいから コンソメと塩コショーでととのえた
このスープとバナナ以外の果物はいくら食べてもいいらしい
早速 食してみる なかなか う~ん 食べられる おいしいです。
でもなんか物足りない そうか毎日欠かさず呑んでいた ビールがないから?
スープだけでは物足りなかったので リンゴを2個食べて ま~満腹か
起きていたのでは 空腹が気になるので満腹感のあるうちに寝ることにする
明日はスープと野菜の日 野菜を満腹するまで食べるにはどんな方法がいいかな~
サラダにしてもマヨネーズもドレッシングもだめだろうし 煮たところでスープと代わり映えしないし
などと考えながら 就寝
投稿者 ayaka : 23:35 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月24日
ダイエットに挑戦[ 岳人のダイエット ]
七日間脂肪燃焼ダイエットに挑戦
軟弱岳人の決意
北岳登山で バテバテにバテた。
足が吊って 少し歩き休憩 少し歩き休憩 を繰り返さないとまた吊る。
おかしい過去にも何回か経験したが こんなはずでは・・・・・・・
帰ってから自分なりに分析したところ 体重過多が原因ではないかと結論づけた。
よし それなら 間近に控えた”下ノ廊下”へ行くまでにダイエットする事にした。
グルグルするといろいろなサイトで紹介されているが 簡単で即効性のありそうな
七日間脂肪燃焼ダイエットなる方法に挑戦することにした。
173.5㎝で今現在76㎏なんとか70㎏を切りたい かなり欲張りな計画である
それだけ体重が減ることに期待が薄いのであろうか 疑り深いのか
なんでも心臓外科手術の前に安全に急速な減量を行うために用いられているそうで
身体に取り入れるカロリーより多くのカロリー を燃焼させる事ができるらしい
また この方法で体内の不純物を洗い流し、スッキリとした気持ちになれるそうな
続けられれば願ってもないことだが・・・・・・・
”体重を毎日記入してグラフにできるフリーソフト” も入手でき準備は万全である。
投稿者 ayaka : 20:21 | コメント (0) | トラックバック
2004年07月20日
針ノ木岳 [ 登山日記 ]
針ノ木岳
日時 2003年7月16日 ~ 7月19日
7月16日 PM 8:00 京都 発
7月17日 AM 1:40 扇沢 着
6:35 出発~8:40 大雪渓入口~ 11:00 針ノ木峠 テント場
7月18日 6:45 テント場出発~7:35 針ノ木岳~11:30 新越山荘(昼食)~
~13:55 種池テント場
7月19日 7:55出発~10:00 扇沢発~18:30 京都着
【写真】針ノ木大雪渓
降雨予報もなんのその 日毎に良くなると言う予報を頼りに一路北陸道を東に。
案の定 富山を過ぎた辺りから雨が降り出し、扇沢に着いた時にははっきりとアメ。
駅舎の下には既に何組かのテントが張られ、我々もそこでテントにて仮眠。
雨は翌日も変わらず、最初からカッパを着込んでの出発となる。
雨と重い荷物で大雪渓の最後の方では、先に行っててくれと云うF氏、
気になって振り返ってみると何時も 「坊さんが転んだ」 状態。
雨はさほどではないが風が強く、丁度テントを設営し終わった頃から雨が降り出し、
夕食はテントの中でF氏のキムチ鍋となり、雨と風はそのまま止まず早々に就寝する。
夜中のテントで聞く音はまるで台風。
【写真】種池山荘前
翌日は濡れたテントやその他を考え、七倉岳への予定を変更、種池方面へ行く事にする。
道中雨はあまり降らなかったが、風は相変わらず強く 剱、立山、鹿島槍等はガスの中。 二、三度太陽が姿を見せてくれたり、黒部湖や扇沢辺りが晴れているのを見て期待はしたものの、テント場でテントやシュラフを干し、「今夜は表でビーフシチュウやなー」
云うた途端に 又雨・・・・ (-_-;) 結局 二日目の夜もテントでの食事となり、そのまま一晩中雨と風で早々に就寝。
三日目も 殆どカッパを着用したりの下りで 薬師の湯にて やっと一息。
京都では梅雨明けの微妙な時期でも こちら辺りの梅雨明けはまだの様でまだまだ天気は不安定の様子。
この時期の山行計画にはそういう事もふまえて考える必要がありそうで、
とにかく 雨と風と寒さの山行でした。
報告者 ムラタ
投稿者 ayaka : 10:03 | コメント (0) | トラックバック
2004年03月20日
三上山[ 登山日記 ]
三 上 山
平成16年3月20日(土)天気くもり時により少雨
コースタイム 9:00 京都駅集合 9:45 野洲駅着 10:38 登山口 11:15 頂上 11:55 駐車場(天保の熱) 昼食&味噌汁つき 12:50 発 13:35 ほほえみの湯 14:10 野洲駅 14: 25 京都駅解散 会費100円 交通費=自己負担
<写真> 駅より大見富士へ
感想
今日は京都駅に集合。電車の山行なかなかいいもんです。
さて、三上山、またの名を近江富士といわれています。
時々、新幹線では円錐形のいい山としてみてきました。いざ、登ってみると表登山道からは、石段が続き朽ちた民家や,神社跡を横に見ながらののぼりが続く、松林の中を上ると急登が始まり、岩場の連続、手すりが整備されてはいるが、けっこうきつい、急に汗が吹き出てくる。山頂手前の展望台からは 琵琶湖が見える。そして、すぐ上が頂上で神社がある。
雨に降られた為早めに下山、くだりは別コースで天保義民碑の横の小屋で昼食です。
あったかい味噌汁もついて食事を済ませ、その後は、駅前でお風呂、登山の後の?はいつもながらいいね。そして、電車で京都駅まで帰り、かいさんとなりました。
PS その後、ごく一部のメンバーで東寺見学とグルメな中華の 夕食でした。やはり、えびのてんぷらはビールに会う。 ま い う ~ 。

<写真> 急坂を登る
投稿者 ayaka : 00:54 | コメント (2) | トラックバック
2004年01月01日
今を楽しんでいる山仲間 (これぞ岳々同人?)[ 厳選リンク ]

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男性リーダーに全てお任せする登山ではなく、自分で計画を立て、 下調べから下山まで全行程に責任が持てるようになれば、女性同士の 登山や単独登山もひとしお楽しくなってくることでしょうとがんばってはります。 |
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48歳のとき直腸癌、人工肛門となりました。 翌1987年日本百名山挑戦に生きがいを見つけさらに日本三百名山 にも挑戦し、13年の歳月をかけて全山単独、自力で踏破しました。 今度は2004年前立腺ガンにより手術 その後も山へ登りつづけてはります。 |
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ご夫婦で平成6年からマイペース・安全登山を始められ、その時々の山で感じたこと、 目にした景色や天候、山小屋の感想が 時には辛口のコメントを織り交ぜて語られている 好感の持てるサイトです。手軽な技にたよらず山もホームページ作りも楽しんではります。 |
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